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■インターネット安全ガイド - 投稿編
    「児童のためのインターネット安全ガイド」等を見ていただいた皆様からの投稿をご紹介しています。投稿はこちらからどうぞ!(このページの内容は予告なしに変更されます。)
    2004.7.6 携帯電話持つ女子中学生、「家で勉強しない」が非所持群の1.6倍−−警察庁の調査で判明



  1. ドロシー・ロー・ノルト「子ども」

    批判ばかりされた 子どもは
     非難することを おぼえる
    殴られて大きくなった 子どもは
     力にたよることを おぼえる
    笑いものにされた 子どもは
     ものを言わずにいることを おぼえる
    皮肉にさらされた 子どもは
     鈍い良心の もちぬしとなる
    しかし、激励をうけた 子どもは
     自信をおぼえる
    寛容にであった 子どもは
     忍耐を おぼえる
    賞賛をうけた 子どもは
     評価することを おぼえる
    フェアプレーを経験した 子どもは
     公正を おぼえる
    友情を知る 子どもは
     親切を おぼえる
    安心を経験した 子どもは
     信頼を おぼえる
    可愛がられ 抱きしめられた 子どもは
    世界中の愛情を 感じとることを おぼえる
    (「あなた自身の社会−スウェーデンの中学教科書」=新評論刊)

  2. 最近の悲しい事件

    ■ 会社員(40代)

    子供を守るために、GPS付の携帯電話を持たせたのに悲劇を防ぐことはできなかった..
    最近の事件は痛ましいものばかりだ。しかも、事件の背後に必ずITが存在する。今度も携帯電話だった。しかも、最新型のGPS付の機種。携帯電話を持っていたから狙われたのか、偶然なのか、いずれにしても、頼みの携帯を犯人に逆に利用され、警察が追跡調査に乗り出したころには、すでに殺害されていたらしい。電話会社にトレースを依頼した初動捜査の遅れや携帯電話を持たせた親の判断に関して、様々な意見が飛び交っているだろう。亡くなった小学生のご冥福をお祈りし、そのような議論はここでは避けたい。そのかわり、こうしたITと犯罪のつながりを冷静に分析し、同様の悲劇を繰り返さないための提言とヒントがあればと思い筆を執った次第である。

    今後も、携帯電話は普及し続けるだろうし、近い将来、防犯のために小学生にも持たせるケースが増えてくるだろう。私は、小学生に携帯電話を持たせることには賛同しない。なぜなら、小学生の年齢では、インターネットを楽しみ生活に利用することはある程度可能だろうが、インターネットがもたらすさまざまなリスクまで管理することはできないと考えるからである。パソコンも同様であるが、インターネットのユーザーになると、様々な誘惑や迷惑メールが飛び込んでくるようになる。それらを発信する悪質な犯罪者から、小学生であれ高校生であれ、自分の子供は守りたいと思うのは当然のことと思う。こうしたリスクの重さ、危険性を自ら判断して対処していくのは、小学生では難しいと思いませんか?親がどれだけの対策を子供に教えていますか?中国でもこんな議論が起きているので参照していただきたい。

    http://news.searchina.ne.jp/2004/1008/national_1008_006.shtml

    狡猾な犯罪者や異常者にとって、小学生のような弱小者はターゲットになりやすいと感じるだろう。幼稚園児の多くはスクールバスによる登下校が標準のため安全度は比較的高いだろう。下校後公園で遊ぶ時間帯の方が危険かもしれない。凶悪な犯罪者が、誘拐目的で小学生を拉致しようとする際、犯人側から見ると携帯電話を持っている子供を狙った方が、簡単かつ確実に親に連絡できるし、自分の痕跡を残さずに済む。

    最近の事件で、こうした狡猾な異常者から子供を守るためには(犯罪を犯させないためには)、GPS対応の携帯電話を持たせたり、校門前に監視所を作るだけでは不十分であることがわかった。ではどうすればよいか?まずは親や地域住民を中心とした人間による防犯システムの構築である。地域の状況はそれぞれ異なるだろうが、基本は、登下校時間に監視できるルートの長さを極大化すること。この時間だけは、区や市役所の職員、警官、老人ホームの住人も協力して監視にあたるなどの協業により、かなりの防犯効果が期待できるはずでる。(子供の送迎が難しい共稼ぎの親たちが最も問題なのかもしれない。)

    また、一般に、小学校の終業時間は幼稚園より遅いはずなので、幼稚園用のスクールバスを小学校の下校に回すなど、大人の世界で検討すれば充分可能ではないだろうか。こうした人的な施策とITを連携させることにより、犯罪を未然に防ぐことができる確率が向上すると思う。GPS付の携帯は、拉致された場合の居場所確認には、電源が入っていれば、効果的だが、犯罪を未然に防止する役割は果たさない。子供の動きをトレースしたいなら、携帯電話では明らかに不足である。

    幼い子供に持たせておくべき防犯機器は、電源が切れるとトレースできない携帯電話ではなく、常時接続されていてトレース可能なGPS機器だと思う。これも犯人に取り上げられ捨てられてしまえば効果はないだろうが、サンプルを紹介しておく。携帯より確実であり、検討する価値は高いと思う。

    http://www.nikkei.co.jp/newpro/life/20041027e001y36227.html


  3. 児童のためのインターネット安全ガイドを見て

    ■主婦/翻訳家(40代)

    実をいえば、私も、子どもたちのインターネットや携帯電話には、かねがね少なからぬ不安と疑問を抱いている一人です。今の子どもたちの状況を考えると、かなり真剣に心配です。

    まず大前提として、

    ・すっかり大人になってから携帯電話やパソコン、インターネットを知った私たちと、幼いときから、つまり他人との直接のコミュニケーションや手紙や家庭にある電話に充分親しむ前から携帯を手にした子どもたちとの世界観の差は、想像以上に大きいはず。

    ・そして、指導してあげなければならない立場の大人たちも、自分たちの子ども時代にはなかったものだから、他の事柄のように自分の経験に基づいたことが言えず、大多数の人は、適切な指導方法がわからずに、手探りの状態であること、ですよね。

    もちろんいま、このサイトのようなボランティアの方たちや多くの専門家の方たちが、その方法を真剣に探っていらして、よい指針がまもなく確立してくるでしょうけれど、それまでは、よくわからない親たちが、子どもに手放しでインターネットさせるなどということは、あまりにも怖いもの知らずだと私は思うのです。「手放しでインターネットさせるのは、泳ぎ方も知らない幼い子を大海の真ん中に放り込むようなもの」という言葉をどこかで聞いたことがありますが、まさにその通りだと思います。インターネットはその使い方や有効性をよく知って利用すれば、本当に便利で、今となってはこれがなかった時代が考えられないくらい、私も恩恵を受けています。でもその一方で、一歩間違えば、昨今のさまざまな事件のように、被害者にも加害者にもなり得る危険がいっぱい。これも海に似ているかもしれません。

    私が思うのは、インターネットやメールなどは非常に便利ではあっても、あくまで「手段」ですから、たとえば文章の読み書きもまだうまくできない子にワープロをあてがうよりは、まず、よい文章に触れさせることの方が大切なように、また外国語はぺらぺらだけど、伝える中身がなければ虚しいように、小さい子どもには、人と人との直接コミュニケーションがうまくできるようになること、また、たとえうまくできなくても、人との直接の関わりを通して、苦い経験を味わったり、とても幸福な気持になったりという実体験が、なによりも先にあるべきだと思います。

    「手段」は、それからで充分。だって私たちの世代は、いい大人になってから知ったわけだけれど、みんな縦横に使いこなしているではありませんか。

    「チャット」というのは、たぶん子どもたちにとって、従来の交換日記やみんなで回し読みするノートに代わるものなのでしょう。似ているようでも、実在の物質であるノートを共有しながら、肉筆で書く交換日記とは大きく性質が違っている。インターネット上だと相手の気分や感情、いわゆる「行間」は伝わりにくく、仮面をかぶることも可能になる。

    だから、小さい子ども、少なくとも小学生のうちに、親の目の届かないところで自由にインターネットさせるというのは、絶対に反対! 子どもによって精神年齢やスキルの個人差はあるでしょうが、私自身の考えとしては、思春期のいちばん難しい年頃にある中学生のあいだも、絶対に眼を離すべきではないと思う。一般に中学時代はちょうど反抗期と重なる場合が多い。荒れまくったり、だんまりを決め込んで手のつ
    けられなかった子も、高校生くらいになると不思議にだいたい落ち着いてくる(これは私自身も経験済み)。この時期に親子のあいだに溝ができたり、あまりに別の世界が出来上がってしまうと、その後の双方の苦痛が大きくなるでしょう。

    まあ理想を言えば、中学生まではパソコンは家族共有にして、最初の幼いうちは親子で一緒に楽しみながらいろんなサイトを見たり、こういうことをしたら危険なのだということを実際に体験しながら、(親も学びつつ)子どもに教えていくのがいいのだろうと思う。(たとえば、自分のアドレスとか電話番号などを打ち込まなければいけない様なところに来たら、「顔も知らない見ず知らずの人に、自分の家の住所や電話番号を教えてしまうのと同じこと。もし突然訪ねて来られて、それが強盗だったり誘拐犯だったら大変でしょう? だから、勝手にこちらの番号などを打ち込んでは絶対ダメ。必ずママかパパに聞いてね。」とか、掲示板のようなところだったら、それはゲームやお話と違って、本当に実在する誰かが、ここに書いていて誰でもが読めること、もし自分が書いたら、それは世界中の人が見ることができるのだから、そのことを忘れずに、読む人のことを考えて書くこと、などなど… )

    でもこれも、一家庭だけでそうしたところで、ほかの子どもたちがそうでなければ何にもならない。親には言えないような面白そうなサイト、ちょっぴり危険のにおいはするが魅力的なサイトを友達から聞いたら、好奇心旺盛な子どもが誘惑に勝つのは難しい。

    すべての親が同じような危機感を持って、みんなでそうしていかないと意味がない…

    こう考えるとほんとに難しくて、どうしていいのかわからなくなる… 

    けれど、絶対に何とかしなくてはならない…

    これは私が日ごろ思っている、勝手な要望ですが、身体に有害な酒・タバコや、自他共に危険にさらされる運転を未成年に禁じているのだったら、同じかそれ以上に精神面に危険な「ひとりインターネット」(こんな言葉、ないか?)も、ある年齢までは禁止すればいいのに… などと言いたくなってしまいます。

    それ自体が悪いものでは決してないけれど、未発達の子どもにとっては害と危険があるという意味で。(もっとも最近は、大人のタバコも槍玉に挙げられていますが…)

    あと、他校のことはわからないけれど、私の子どもたちの通った小学校を例にとると、教える先生がインターネットの利・害を含めた様々なことをまず熟知してから、指導に当たってほしかった。教員たちが、ある年から急にパソコンを教えることになり、指導のノウハウも、きちんとした授業の指針もない中で、経験の浅い先生、あるいはオタク気味の先生が右往左往しながらてんでに、付け焼刃的にやっていた様子が親にも見えた。子どもたちも「なんだかよくわかんない。」「みんな勝手に、適当にインターネット見てた。」などと言う状態だった。(これは数年前のことだから、現在はわからないが)

    コンピュータ(つまり「箱もの」)ばかりさっさと導入するのではなく(パソコンメーカー・販社の方、お許しを)、先生たちがまず徹底的に学ぶか、専門家を講師として招くかして、しっかりした指導の「中身」を確立してからにしてほしかった。もしまだそういう学校があるなら、ぜひ改善して、子どもたちにとって、楽しみながらコンピュータを学べる有意義な授業にしてほしいと願う。

    たとえば江古田の仙人さんのような専門家が、学校に赴いてコンピュータ専門の授業をする。
    コンピュータがいかに便利で楽しいものか、そしてどんなところに落とし穴があるか、危険が潜んでいるか、それこそ手とり足とり教えてあげる。子どもたちのどんな質問にも片っ端から答えてしまう。こんな授業ができたら、中途半端な担任の先生が、

    「 …は危険だからやめましょー 。」「 …は、しないようにしましょー 。」「 …には、気をつけましょー 。」などと、口先だけで言う退屈な授業に比べて、どれだけ楽しく学べるでしょう。ぜひ今後学校は、コンピュータと同時に、それを正しく楽しく指導できる専門家の方たちを導入していただきたい。または先生は、正しく教えられるように、専門家の方たちの指導を仰いで欲しいと思う。

    次に携帯電話ですが、これも基本的にはインターネットと同じことですよね。

    まず、今までの私の知っている範囲の事実から言うと、私の子どもの学校は私立だったので、家が遠い人が多かったからか、小学校時代から携帯を持たせている人はかなり多かった。

    中学では、学校に持ってくることは一応禁止されていたけれども、大半の子が自分専用の携帯を持ち、中3になればそれは100%に近かった。

    うちでは、次男は高校生なった4月に、長男には高校3年になってからはじめて与えた。子どもに携帯を持たせるのは嫌だったが、持ちたいというのを無理やり反対したわけではない。子どもが自分から欲しいと言わない限り、親の方からは与えなかったという結果です。ちなみに、高3で持っていなかったうちの子は天然記念物に近かったが、隣のクラスにもう一人いた。

    (携帯は一般に女の子の方が早くから欲しがり、メールをし合う回数も女の子の方が圧倒的に多いらしい。年齢よりませているのも女の子だし、最近は女の子の方が絶対に強いし…。)

    私は、小学生のうちから(自分専用を)持たせるのは反対! 果たしてそんな必要があるのか疑問だ。私の周りでは持たせていない子は少数だったので、一時ちょっと自分の考えに不安を抱き、何人かに「なぜ持たすのか」聞いたことがある。すると、

    塾や部活で帰りが遅いときに、持たせていると安心だからと言う。

    「なぜ安心か」と聞くと、

    今どこにいるのか、所在や帰る時間がわかるからという。

    だけど塾や部活なら、場所も終わる時間もほぼわかっているのでは?

    どうしてそれで安心なのだろうか。

    そんなに絶えず子どもの居場所を確認していないと不安なのだろうか。

    子どもを信頼していれば、そこまでしなくても、と思う。

    それより、知らないところでどんな使い方をしているのかの方が、心配ではないのだろうか。

    親が電話したって出たくなければ電源を切っていたり出なかったりするだろうし、居場所だって何とでも言える。普通の電話のように、周囲の音があまり入らないから、聞いているほうもわからない。嘘をつこうと思えば、ゲームセンターやカラオケから「今、塾にいる」「友達の家にいる」といえる。

    それに、万が一事件に巻き込まれたりしたら、携帯なんて取り上げられてしまうでしょう。

    最近は発信機付きがあるというが(あまり詳しくないからよく知らないが)、野生動物の生態調査やロボットじゃあるまいし、そこまで管理社会になるのは、たとえば街中に防犯カメラが据えられているのと同じに、空恐ろしい。

    もっとも、本当にやむを得ず持たせなければならない場合もあるだろうけれど、そういうときは、そのときだけ持たせればいいのであって、子どもが常時持ち歩く専用の携帯はなくともよい。

    携帯も、利点は非常に大きいし、公衆電話がめっきり減った現在では、もはや必需品だと思うが、電波の大海に放つという点では、危険は「ひとりインターネット」と同じでしょう。

    また、親として恐れることのひとつに、子どもの交友関係が把握できなくなることもある。

    家庭の電話なら、話の内容まではわからなくとも(聞き耳なんか立てたら、いちばん子どもに嫌われる)、誰とどれくらいの頻度で話をしているのか、話し方によって同姓か異性かくらいは、だいたいわかる。

    もっとも、本当に従来の電話と同じ程度に話したり、連絡取り合ったりするだけなら、これはもう、必需品として仕方ないかもしれないが、人によっては、1日に何十回、百何十回とメールをやり取りしている子もいるそうで、その中身はほとんど内容がないと言うか、5分から10分おきに自分の行動の実況中継をしているようなものだと、聞いたことがある。

    一日の大半の時間をそんなことで潰すなんて、あまりにもったいない。

    だから、やはり理想を言わせてもらえば、専用を持たすのは「高校生くらいから」と言いたいところだが、現実を考えるとどうもそれは、なかなか困難かもしれない。実際、部活や生徒間の連絡網がわりに携帯を使っているところはけっこうあるようだから。百歩譲って「中学2〜3年生」かな。でもそれも家庭によってそれぞれで、遅ければ遅いほどいいと思う。大人には利点が多いが、子どもにとっては(これも個人差があるから一口にはいえないが)害の方が大きいと思う。これは、インターネットも含めた先述の、サメもシャチもいる「大海に放り込む危険」という害だけではなく、貴重な子ども時代の時間を、メールやチャットなどで費やしてしまう害のこと。

    私が、早くから子どもに持たせたくなかった大きな理由は、まさにこれだった!

    自他共にさらされる可能性のある危険について教えたり、避けさせたりするのは、当然、第一に重要なことだけれど、私が切実に憂慮するのは、

    「乾いた砂のようにあらゆることを吸収し、あらゆることに心から感動できる、児童から思春期にかけての大切な時間を、そんなことにばかり使って欲しくない」ということ。(TVゲームやコンピュータのゲームも同様。)

    子どものうちは友達とじかに遊ばせるべし! 相手の表情、身振り、体温などを感じながら、友人との付き合い方を小さいうちから体得していかなくては。

    それに、子どものうちに体験させたいこと、伝えたいことはいっぱいあるし、読ませたい本だっていくらでもあるではないですか!

    私たちは、子ども時代にこうした体験をしたうえで現代の利器を享受しているので、ふとしたことで垣間見る原風景は、ともだちの笑った顔やふくれた顔、原っぱをわたる風や草いきれの匂い、暗くなるのも忘れて読みふけった本の世界だったりするでしょう? そんな原風景が、パソコンやメールの画面だとしたら、あまりにさびしい。

    だから親たちは、あっという間に終わってしまう子ども時代を、「少しでも豊かなものにしてあげたい」という気持ちをまず第一に、パソコンや携帯の与え方を考えるべきだと思う。小さいうちから機械ばかりが遊び相手になり、代々親から子へと無言のうちに伝わっていた何モノかもなくなり、こども一人一人の心の豊かさも減ってしまったら、これからの日本が心配になる。

    うちの子たちは幸い、ほかに興味の対称があったので、インターネットやメールとほとんど関わることなく来ることができたが、「心豊か」だったかと問われると、これはなかなか親の思うようにはいかず、反省しきりです。それに、ファミコンは幼少の頃に与えてしまい、失敗だったと今でも思っています。

    そうした反省を込めて、若い親御さんに、ぜひ、お願いしたいと思います。

    「みんなが持っているから」、「子どもが欲しがるから」(そりゃ、面白そうなものは何でも欲しがります)、「そろそろ○○才だから」、というだけで安易に与えることだけはしてほしくない。それに楽器などと違って、「なるべく早いうちに与えなければならない」必要なんてない。頭の若い子どもは、あっという間に使いこなしてしまうでしょう。各家庭はそれぞれ事情が異なり、親の専門分野や興味も違えば、子どもの持って生まれた性格や能力も違うから、ある家庭にとっては小さい頃からパソコンに精通させることが豊かな生活に繋がるかもしれないし、またある家庭にとっては、大きくなるまでまったく持たせないことが最良の選択かも知れないのです。それぞれの親が、他人はどうあれ、自分の子どもが「できる限り心豊かに過ごせるように」を第一に考えて、決めて欲しいと思います。



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